ダイバーシティ(多様性)という言葉はかなり市民権を得たように思いますが、ニューロダイバーシティという言葉もあることを、最近知りました。
ニューロダイバーシティ、すなわち脳の多様性。自閉スペクトラム症、ADHD(注意欠如・多動症)、失読症など、いわゆる「発達障害」とされる様々な症状を含みます。そういえば、最近は医学的には「神経発達症」というそうですね。
紀藤康之さんのnote記事によると、神経発達的に多様な人々(ニューロダイバージェント=神経非定型、と呼ぶそうです)は、世界人口の15~20%を占めるそう。けっこう多いのですね!
自分自身の体験を振り返ると、会社員時代の同僚(部下)に、あれ、そうかな?と思う人がいました。また、とても優秀だけど仕事が続きにくかった知人が、ADHDという診断を受けて、そのおかげで…という言い方がいいかどうかわからないけれど、大企業の「障害者雇用枠」で就職した、という事例がありました。
はっきり「障害者雇用」となると、企業側に一定の配慮が義務付けられ、一緒に働く人もその配慮のもとに接しますが……といっても、とてもデリケートな配慮が必要で、例えば目が不自由、移動が不自由、などという身体障害の方と比べると「具体的にどんな配慮が必要なの?」というところはなかなか明文化・ルール化はできていないのかも、と思います。
ましてや「診断された、という話は聞いていないけれど、どうもコミュニケーションが難しい。というか話が伝わらない。何かがおかしい……」と、首をかしげるような部下と一緒に働いたときには、これが得意っぽいな、こういう作業はミスが多いな、ここは早めに確認をしておかないと……など、かなり知恵を絞った記憶があります。
今は会社員を卒業してフリーであれこれしていますが、特にコーチングの際、人が信じること(ビリーフ)は本当に多様だな、自分の常識で人を量ってはいけないな、ということを毎回、痛感します。そして、生きづらさを感じている人のうち一定割合は、ニューロダイバージェントなのかもしれないな、と思うことも多いのです。
ところで私はド近眼なのですが、眼鏡やコンタクトレンズのおかげで自分の視力の悪さをさほど感じずに、周囲にもおそらく感じさせずに、日常を送ることができています。視力にも様々なダイバーシティがあるわけですが、幸いにも容易な方法で矯正ができているわけです。
ニューロダイバージェントも、いろいろな工夫や環境調整で、本人も周囲も生きやすくなっているはず。そうした環境調整についても、知っていきたいと思っています。
